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ビッグバンは宇宙の始まりの爆発ではない:元素合成が起きた宇宙初期のイベント

ビッグバンと聞いて、宇宙の始まりに一点で起きた大爆発を思い浮かべる人は多いでしょう。しかし、実はこれは誤ったイメージなのです。ビッグバン理論が示すのは、宇宙誕生の最初の数分間、宇宙の至る所が高温高圧で、元素合成が起きていたということ。つまり、私たちの知っている水素やヘリウムといった軽元素は、宇宙が高温高圧だった初期の極限状態で作られたのです。

現代の宇宙を形作る元素は、いったいどのようにして生まれたのでしょうか?ビッグバン元素合成と呼ばれるこの過程を追うことで、宇宙の始まりの姿に迫ります。

はじめに

前回の記事ではアインシュタインの一般相対性理論から膨張する宇宙の存在が予言され、さらにハッブル・ルメートルの法則により、膨張する宇宙が観測的に確認されたことを紹介しました。

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膨張する宇宙からは一つ重要な予想が得られます。
時間とともに宇宙が膨張しているということは、「時を巻き戻し、過去に行くほど宇宙は小さかった」ということです。そして、その様な小さかった宇宙では物質がぎゅうぎゅうに押し込められているので、高温で高密度状態であった事が予想されます。例えてみるなら、満員電車の中にぎゅうぎゅうに押し込まれた状態です。

ビッグバン理論の大きな目的

「過去の宇宙は高温で高密度状態だった」。この発想の下で、1946年から1948年にかけて、後に「ビッグバン理論」と呼ばれる論文がジョージ・ガモフらによって提唱されます。ただし、当初のガモフらの論文は、現代的視点で見ると誤っている点もありましたが、1950年に林忠四郎による論文で現代的なビッグバン理論へと修正されました。

さて、ビッグバン理論とはどの様な理論なのでしょうか?ビッグバン理論という名前を一度は聞いたことのある人は多いかと思います。
しかし、多くの人は「ビッグバンは宇宙の始まりに、宇宙のある一点で起きた爆発」と思っているのではないでしょうか?実は、このイメージは間違っています。

ビッグバン理論とは、約10億K(ケルビン、0 K=-273.15℃)の高温状態の宇宙の至るところで、宇宙最初の3分間に水素やヘリウム、リチウムなどの軽元素が合成されることを示した理論なのです。

ビッグバンはあたかも宇宙のある1点で爆発が起きたかのようなイメージを持たれがちでありますが、実際にはそうではありません。

ビッグバン時の宇宙は至る場所で高温・高圧であり、水素やヘリウムなどの軽元素が作られているというのが正しいイメージなのです。
例えてみれば、サウナの部屋(高温)で、人々が相撲をとっている(元素合成の反応)方がイメージに近いかもしれません(あくまで例えです!!)

ガモフらは、当初、「宇宙に存在するすべての元素をビッグバン時に作る」というモチベーションでビッグバン理論を作ろうとしたと言われています。

ビッグバン元素合成

では、実際にビッグバン時にどの様な反応が起きて、元素が合成されていたのかを見てみましょう。下図で見る通り、まずは陽子(p)と中性子(n)の反応によって重水素(D)が作られます。通常の水素は陽子1個と電子1個で構成されていますが、それに中性子が1個くっついたものを重水素と言います。さて、重水素の他に、光子(γ)も作られているのが重要です。この光子は高いエネルギーを持っているため、陽子と中性子が合体してできた重水素を破壊して、陽子と中性子に戻します。

陽子(p)と中性子(n)の反応により重水素(D)が作られるが、高エネルギーの光子(γ)によって重水素は破壊され、陽子と中性子に戻る反応も起きる。

しかし、宇宙の温度が約10億Kを下回ると、光子が重水素を破壊するのに十分なエネルギーを持たなくなるので、重水素の破壊よりも重水素の合成が盛んに起き、重水素が安定して存在できるようになります(下図)

上図とほとんど同じ。しかし、宇宙の温度が10億Kを下回ったことで、光子が重水素を破壊するよりも、重水素の合成の方が盛んに起きるようになった。

さて、宇宙の温度が下がったことによって重水素が安定的に作られることになると、次は重水素を材料としてヘリウム(He)が合成されるようになります(下図)。重水素からヘリウムに至る合成反応はいくつかあるのですが、ここでは詳細には触れません。最終的にヘリウムが合成されることが重要とご理解ください。

ところで、ヘリウムと聞いてあまり馴染みの無い人も多いかもしれませんが、例えば浮きやすい性質を活かして商業用のバルーンに用いられたり、低温になりやすい性質を活かして、超伝導や低温物理学など超低温が必要な際の冷媒に使われたりします。

重水素を材料としてヘリウム(He)が合成される。

ヘリウムの他にもリチウムやベリリウムなどの軽元素も作られますが、ビッグバン元素合成では主にヘリウム合成がメインとなっています。

ビッグバン理論は原子核物理学に基づいた理論であり、ビッグバン時に作られる軽元素の量を予言します。下のグラフはビッグバン時に作られる軽元素の量の時間(あるいは宇宙の温度)に対する変化を表しおり、水素が占める質量を1とした時、他の軽元素の質量存在量比がどれくらいなのかを示しています。例えば、ヘリウムの場合は、質量存在比で水素に対して約0.25だけ存在している事が予言されます。また、時間で示された上の方の横軸に注目すると、ヘリウムの存在比は宇宙の時間が約300秒経った後はあまり変化していません。これは、ヘリウムの合成が終了してビッグバン元素合成が約300秒で落ち着いたことを示しています。すなわち、ビッグバンは宇宙が誕生してから数分の間に起きた出来事なのです。

宇宙の時間経過(温度変化)と元素量のグラフ。宇宙の温度と宇宙が誕生してからの時間の間には対応関係があるので、時間あるいは温度の関数として元素の量を表すことができる。
https://astro-dic.jp/big-bang-nucleosynthesis/

さて、以上がビッグバン元素合成の大まかな流れです。これまで、「ビッグバンは宇宙の始まりに、ある1点で起きた爆発」と思っていた方にとっては、ビッグバンのイメージが変わったのではないでしょうか?ビッグバンは、宇宙の始まりに、ある1点で起きた爆発ではなく、「宇宙の始まりに、宇宙のあらゆる場所が高温、高圧で、至る場所で水素やヘリウムなどの軽元素が作られていたイベント」なのです。

云南大学西南天文研究所副教授 / 天文学者
沖縄県出身。東北大学理学部卒。名古屋大学にて博士号(理学)取得。パリ天文台、清華大学でのポスドク研究員を経て、現在、云南大学西南天文研究所にて副教授。専門は観測的宇宙論。
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