現在の地球では、海洋→大気→陸地→海洋……という「水循環」があり、これによって陸地に川や湖などの「淡水」の環境が出現しています。では、水循環と淡水の出現は、地球ではいつ頃起こったのでしょうか?
カーティン大学のHamed Gamaleldien氏などの研究チームは、地球最古の物質であることが知られているオーストラリア大陸の「ジルコン」の結晶を分析し、遅くとも約40億年前にはすでに大量の淡水が存在する証拠を発見しました。
これまで最古であった淡水の記録を約5億年も遡るものです。
この証拠は、約40億年前の地球には淡水を溜めるだけの大規模な陸地が存在したことを示しています。生命の起源は海底の熱水噴出孔ではなく、陸地の湖であるという説もありますが、今回の研究は後者の説の基盤である湖の存在を支持することになります。
地球はいつ頃から水循環があった?
現在の地球では、惑星規模の「水循環」が見られます。海水から蒸発した水は空気中に含まれ、雲を形成した後に雨や雪として落下します。
落下場所が陸地ならば川や湖を形成し、やがて海へと戻っていきます。
水循環で移動するのは水だけであり、陸地の水が塩分をほとんど含まない「淡水」となる1つの理由です。
では、このような水循環は地球史の中でいつ頃始まったのでしょうか?言い換えれば、地球最古の淡水はいつ頃存在したのでしょうか?この質問は淡水の存在だけでなく、地球に大規模な陸地が存在した時期、そして後述しますが生命の起源とも関わりのある質問となるため、重要です。
これまでの研究では、最古の証拠は約35億年前でした。
約40億年前の鉱物に淡水の証拠を発見!

Image Credit: Hugo Olierook (Curtin University)
Gamaleldien氏らの研究チームは、さらに古い淡水の証拠があるかどうかを調査しました。
もちろん、古い時代の淡水の証拠と言っても、当時の水がそのまま残っているわけではありません。
その代わりに、岩石に含まれる鉱物が、海水ではなく淡水と化学反応をした証拠を見つけます。
Gamaleldien氏らは「ジルコン」と呼ばれる鉱物の結晶を分析しました。
ジルコンは物理的にも化学的にも強い鉱物で、数十億年に渡る年代測定に便利なウランを含んでいます。
今回分析対象となったオーストラリア大陸のジャックヒルズで産出するジルコンは、最も古いもので約44億年前に結晶化したことが知られており、地球で見つかる最も古い物質です。
Gamaleldien氏らは、ジルコンに含まれる酸素の同位体の比率を調べました。
同位体の詳しい説明は割愛しますが、大雑把に言えば、酸素には軽い原子と重い原子がある、という点を抑えればOKです。
水とジルコンで共通する元素は酸素であり、より軽い酸素を含む水は蒸発しやすいため、淡水に含まれる酸素は、海水に含まれる酸素と比べてより軽くなります。
従って、軽い酸素の多いジルコンは、淡水との化学反応を受けた可能性が高いと言えます。
分析の結果、ジルコンの結晶中に、淡水との化学反応があったことを示す同位体比率の変化が見つかりました。
見つかったのは34億年前から35億年前と、39億年前から40億年前の2つの時代です。
シミュレーション (モンテカルロ法による) によれば、淡水とは無関係にこのような変化が生じる可能性は極めて低いことから、Gamaleldien氏らは淡水の証拠であると考えています。
ジルコンに刻まれた淡水との化学反応は、典型的には地下の奥深くに染み込んだ淡水との反応で生じます。
言い換えれば、淡水が浸透する前、地表に溜まっていたのはさらにそれ以前の時代であることになります。
約40億年前かそれ以前の淡水の証拠は世界最古となります。
地球の (そして地球外の) 生命は湖で誕生したかも?

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この研究によれば、約40億年前の地球を眺めれば、海から突き出した陸地と、淡水の湖を目撃することになるでしょう。
淡水は澄んでいるのに対し、当時の海水は大量の金属イオンによって茶色く濁っているため、水の印象の違いは現代よりさらに強烈になるはずです。
約40億年前の地球に大量の淡水、すなわち湖が存在することは、地球の生命の起源に関する議論にも影響するかもしれません。
地球最初の生命は海の中で、特に海底にある熱水噴出孔の付近で誕生した、とする説明を聞いた人は多いかもしれません。
これは有名な仮説であり、多くの支持を受けていますが、異説がない訳でもありません。
生命が海で誕生したとする仮説の問題点の1つとして、DNAやRNAに欠かせないリンが不足するという問題が指摘されています。
海水中に含まれているリン酸イオンは、カルシウムイオンと結合し、燐灰石と呼ばれる化学的に分解しにくい鉱物となりやすい性質があります。
海水中でリン酸が枯渇しないようにしようとすると、あまりに過大な量のリン酸を仮定しなければなりません。
この問題を解決するものとして、生命は陸地の湖で誕生したとする「暖かい小さな池 (Warm little pond)」仮説があります。
炭酸イオンが豊富な湖なら、リン酸に代わってカルシウムイオンを消費してくれるため、リン酸が余る形となります。
炭酸イオンが豊富なソーダ湖は現代でもありますが、今回の淡水の発見により、約40億年前の地球にも湖が存在したかもしれないことが明らかにされました。
その湖に炭酸イオンが豊富かどうかは不明なものの、地球の生命の誕生は約40億年前に遡ると推定されることから、全くあり得ない話でも無くなったという点は興味深いです。
もし、地球の生命が海底の熱水噴出孔ではなく淡水の湖で誕生したとすれば、地球以外で生命が誕生した天体は、氷の下に海があると推定されるエウロパやエンケラドゥスではなく、天体表面に液体の水を湛えていたと推定される火星であるかもしれません。
参考文献
- Hamed Gamaleldien, et al. “Onset of the Earth’s hydrological cycle four billion years ago or earlier”. Nature Geoscience, 2024; 17 (6) 560-565. DOI: 10.1038/s41561-024-01450-0
- Lucien Wilkinson. (Jun 4, 2024) “Fresh findings: earliest evidence of life-bringing fresh water on Earth”. Curtin University.
- Hugo Olierook & Hamed Gamaleldien. (Jun 3, 2024) “Fresh water and key conditions for life appeared on Earth half a billion years earlier than we thought”. The Conversation.