もし地球外生命体がいるとすれば、それはどこか別の天体の表面付近である、と考えるのは当然かもしれません。天体の表面は、生命に有益な環境を保持し、有害な要素からの保護に役立つからです。
しかし、ハーバード大学のRobin Wordsworth氏とエディンバラ大学のCharles Cockell氏によれば、真空の宇宙空間でも生命に適した環境を、生命自身が作り出しうることを提唱しました。生命の基本的な機能を使えば、生命が存続する生態系を維持できる、としています。では、どのようにして達成するのでしょうか?
天体の環境は、生命が生きるのに都合が良い

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私たちが知る限り、生命が生息している唯一の場所は地球だけです。
しかし地球の生命の多様性と環境適応性から、他の場所にも地球外生命体がいる可能性が指摘されています。
ただし、その候補地は火星やエンケラドゥスなど、何らかの天体を想定しています。
地球とは大きく環境が異なると言えど、想定されるのは天体の表面か、せいぜい地下数十kmの表面付近と言える領域です。
私たちが知る限り、どんな生命であっても、生存のために液体の水は必須の物質となります。
液体の水は、適切な温度と圧力が無ければ存在できません。
適切な温度と圧力が発生しやすいのは、ある程度の大きさを持つ天体です。
また、天体表面にある大気や地殻は、放射線や紫外線のような、生命にとって有害な外的要因を遮断する役割もあります。
真空の宇宙空間では、これらのどの要素も達成することが困難です。
温度については、恒星から適切な距離を取れば維持できますが、圧力はゼロであるため水はあっという間に蒸発し、放射線や紫外線に対しても剥き出しです。
これらを考えれば、天体なしに生命は誕生しない、と考えるのは当然であるとも言えるでしょう。
生命は自身を維持することが可能な環境を自ら作り出せる
しかし、Wordsworth氏とCockell氏の研究チームは、真空の宇宙空間で、生命が自分自身を維持するための環境を作ることは不可能ではないと考えています。
もしこの考えが正しければ、例えば太陽系ならば1auから5auの範囲内 (1au=1天文単位=1.5億km、太陽と地球との平均距離に等しい) は、生命が存続できる広大な空間が存在することになります。

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まず、15℃から25℃の液体の水を維持するには、最低でも数kPa (数十分の1気圧) の圧力が必要です。
光合成を行える細菌であるシアノバクテリアは、10kPa気圧であっても増殖できます。
そして生物の構造は、日常的に10kPa以上の圧力差を経験しています。
例えば、身長150cmのヒトは、頭から足まで15kPa程度の血圧があります。
海藻の仲間には二酸化炭素の浮き袋を持つものがおり、この浮き袋は15kPaから25kPaの圧力を受けています。
つまり数kPa程度の圧力差ならば、生物を真空に晒しても破裂することがないということになります。
「真空に晒された人体は破裂する」という都市伝説がありますが、これは有名な誤解です。

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次に、液体の水の維持に重要なのは温度です。
適切な温度を維持するには、宇宙から入る熱と、宇宙へと逃げる熱との収支のバランスを取り、ちょうどよい温度からあまり逸脱しないことが重要です。
地球の生命には、熱収支のバランスをうまく調整している例がいくつもあります。
例えば砂漠に棲むサハラギンアリは、外骨格が効率よく赤外線を反射・放出します。
このため、他の生物が全く活動できない日中の砂漠であっても動き回ることができます。
人工物において、最も効率よく熱を遮断できる物質はエアロゲルであり、特にケイ酸塩で構成されたシリカエアロゲルの性能は際立っています。
地球の生命はシリカエアロゲルを作ることはないものの、水中に大量に生息する珪藻は極めて微細かつ複雑なシリカの立体構造物を作るため、エアロゲルを作ることが不可能とは言えません。

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つまり真空の宇宙空間でも、圧力に対して強固な外皮を持つ生命を仮定することが可能です。
上述したエアロゲルは、恒星からの光を内部に通す明かり窓のような役割を果たし、その内部は温度と圧力が液体の水を保持するのにちょうどよい環境となるはずです。
そうなれば、外皮の内部に別の生命が生息し、独自の生態系を作ることも可能でしょう。
液体の水用の防御機構は、他の有害な影響も遮断する
真空に対する適応性を持った生命は、貴重な水が宇宙空間へと揮発して漏れだすことも防げるでしょう。
圧力を維持できるだけの強固な外皮は、長期にわたって水やその他の揮発成分を逃がさずに保持することができるでしょう。
また、外皮には放射線や紫外線に対する耐性も期待できます。
シアノバクテリアは、鉄やケイ酸塩の薄い膜によって、有害な紫外線を遮断しつつも、光合成に必要な他の光を十分に透過する、という防御機構を確立しています。
また、北極圏の氷の下に生息する藻類のように、極めて弱い光でも光合成をすることが可能です。
これらのことを考慮すると、真空の宇宙空間で、独自の生態系を維持する生命というのは可能そうです。
そうなると今回の研究において最も大きな疑問となるのは、このような生命が自然に誕生しうるかどうか、という疑問点となるでしょう。
ただし、地球の生命ですらどのように誕生したのかが不明であることを考えれば、その質問は時期尚早かもしれません。
参考文献
- R. Wordsworth & C. Cockell. “Self-Sustaining Living Habitats in Extraterrestrial Environments”. Astrobiology, 2024; 24 (12) 1187-1195. DOI: 10.1089/ast.2024.0080
- Evan Gough. (Dec 11, 2024) “Does Life Really Need Planets? Maybe Not”. Universe Today.