火星探査機「マルス96」由来のプルトニウムを初めて発見

地球全体は大気を通して繋がっているため、大気中にばら撒かれた物質は世界中に拡散し、地面に落下します。打ち上げに失敗した宇宙機に搭載された放射性物質もその1つです。

ポーランド科学アカデミー核物理研究所のEdyta Łokas氏などの研究チームは、氷河に含まれる黒っぽい物質である「クリオコナイト」を分析し、採集された場所による種類や濃度の違いを分析しました。その結果、顕著に「プルトニウム238」の比率が高いサンプルがチリのエクスプロラドーレス氷河で発見されました。発見状況から、これはロシアが1996年に打ち上げたものの、軌道投入に失敗して墜落した火星探査機「マルス96」の原子力電池(放射性同位体熱電気転換器)に由来するのではないかとŁokas氏らは推定しています。

マルス96は本体も原子力電池も行方不明となっていますが、この見解が正しければ、マルス96によるプルトニウム汚染の初めての証拠が見つかったことになります。

▲図1: ロシアの火星探査機「マルス96」の3Dモデル。地球を離脱する軌道への投入に失敗し、チリ沖の南太平洋に墜落しました。 (Image Credit: NASA)

自然界の「プルトニウム」は人工の発生源を特定しやすい

地球には分厚い大気の循環があるため、大気中にばら撒かれた物質は世界中に拡散し、やがて地面へと落下します。
特に放射性物質は、自然界にはほとんど存在しない種類のものも含まれているため、発生源の特定が可能な場合もあります。

図2: 崩壊熱で発光するプルトニウム238ペレット。プルトニウム238は宇宙機の原子力電池に搭載される代表的な熱源の1つであり、このペレットはパイオニア10号に搭載されました。
(Image Credit: United States Department of Energy)

プルトニウム」は、自然界にはほとんど存在しない一方、原子炉内や核兵器で使用されたり新たに生成されるため、発生源が特定しやすい放射性物質の1つです。
そのほとんどは1945年から1980年の間に繰り返されてきた大気内核実験に由来します。
その他の顕著な発生源としては、1978年にカナダに墜落した旧ソ連の偵察衛星「コスモス954号」の原子力電池、1986年のチョルノービリ (チェルノブイリ) 原子力発電所事故、2011年の福島第一原子力発電所事故に由来するものが特定されています。

地表のプルトニウム汚染は北半球の方にやや偏っており、全世界の3分の2のプルトニウムが北半球に落下していると推定されています。
一方でやや少ない南半球の側では、あまり研究が進んでおらず、北半球ほど発生源が特定されていません。
いくつかの特定されている例としては、イギリスがオーストラリア国内で行っていた核実験、フランスがフランス領ポリネシアで行った核実験、およびアメリカが打ち上げに失敗しマダガスカル上空に墜落した衛星測位システム「トランシット5BN3」に搭載された原子力電池に由来するプルトニウムがあります。

「クリオコナイト」は氷河の汚染物質の証人

図3: 写真中央の黒い部分がクリオコナイトが集合してできたクリオコナイトホール。その周りにある黒い粒も、1つ1つが小さなクリオコナイトです。 (Image Credit: Henryk Niewodniczański Institute of Nuclear Physics)

Łokas氏らの研究チームは、氷河に含まれる「クリオコナイト」という物質を分析し、その中に含まれる物質の包括的な調査を行いました。
クリオコナイトとは、氷河に含まれる黒っぽい物質であり、氷河に生息する藍藻 (シアノバクテリア) が、成長に伴い周辺の砂や有機物を取り込んで作り出す物質です。
光合成をする細菌である藍藻は、クリオコナイトの表面のみに生きて生息し、内部は藍藻の死骸を分解する別の細菌に加え、それまでに取り込んだ物質が堆積しています。

クリオコナイトは色が黒っぽいため、氷と比べて太陽熱を吸収しやすく、周りの氷を融かすことがあります。
氷の融解で生じた流れはクリオコナイトを1ヶ所に集め、そこに熱が集中しやすくなります。
すると、さらに融解と収集作用が進み……と、クリオコナイトはしばしば1ヶ所に集まり、クリオコナイトホールと呼ばれる大きな穴を形成する傾向にあります。

クリオコナイトが、氷河の表面に降り積もった様々な物質を取り込んで作り出される関係上、クリオコナイトを分析することで氷河に含まれる潜在的な汚染物質を特定することができます。
近年急速に進んでいる地球温暖化は氷河を融かし、氷に閉じ込められていた汚染物質を放出するため、生態系に影響をあたえるかもしれません。
Łokas氏らがクリオコナイトの分析調査を行ったのは、潜在的な悪影響を予測するためです。

墜落した火星探査機「マルス96」の痕跡を発見?

Łokas氏らは、2000年から2020年にかけて、北極、アルプス、ヒマラヤ、南極を含む世界の9つの地域にまたがる49の氷河からクリオコナイトを採集し、分析を行いました。
これは過去に前例がないほどの大規模な調査です。

分析の結果、重金属、農薬、マイクロプラスチック、抗生物質などの潜在的な有毒物質に加え、放射性物質もいくつか見つかりました。
その中で最も興味深い結果を示したのは、チリにあるエクスプロラドーレス氷河で採集されたものです。

ここで見つかったプルトニウムは、「プルトニウム238」の同位体比率が高いことを特徴としています。
プルトニウム238は、熱を電気に変換するタイプの原子力電池に使用される代表的な放射性同位体です。
また、プルトニウム238の同位体比率が高いクリオコナイトは珍しく、南半球では初めての発見となりました。

この状況証拠は、ある “容疑者” を浮かび上がらせます。1996年11月16日、ロシアは火星探査機「マルス96」を打ち上げましたが、軌道投入に失敗し、大気圏に再突入しました。
落下場所はチリ北部沖の南太平洋であると推定されていますが、本体が燃え尽きずに落下したのかは不明であり、現在でも行方不明です。

マルス96には200gのプルトニウム238を含む原子力電池が搭載されており、大気圏再突入の際に大気中にばら撒かれた可能性は十分に考えられます。
エクスプロラドーレス氷河がマルス96の落下場所に比較的近く、南半球の他の氷河ではこのような特徴が見られなかったことを合わせると、今回の発見は、マルス96に由来するプルトニウム汚染の初の発見事例であることを示唆しています。

クリオコナイトは氷河環境の汚染追跡ツールとなりうる

核兵器の爆発、原子力発電所事故、宇宙機の墜落などを理由に、プルトニウムの同位体は大気中にばらまかれた後、氷河へと沈着します。やがてこれはクリオコナイトの中に取り込まれるため、クリオコナイトの分析は氷河に含まれる汚染物質の特定・追跡をするために役立ちます。 (Image Credit: Henryk Niewodniczański Institute of Nuclear Physics)

もっとも、Łokas氏らは行方不明の火星探査機を探すためにこの研究を行ったわけではありません。
分析されたクリオコナイトは、多かれ少なかれどれも顕著な量のプルトニウムを検出することができました。
地衣類、コケ、土壌、堆積物など、プルトニウムを蓄積する自然物は他にもありますが、クリオコナイトで検出されたプルトニウム濃度は、それらと比べても顕著に高濃度であることが今回の研究で示されました。

今回の研究結果は、氷河の融解によって閉じ込められた汚染物質が再拡散する場合、クリオコナイトが汚染拡散の推定に重要な役割を果たし、同時に追跡ツールとしても役に立つことを示唆しています。


参考文献

バーチャルサイエンスライター
「バーチャルサイエンスライター」として、サイエンス系の最新研究成果やその他の話題に関する解説記事をTwitter、YouTube、さまざまなメディアに寄稿しています。 得意なのは天文学ですが、サイエンス系と名が付けばいろんな話題を幅広く解説しています。
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