「劇場版コナン」にも登場!?ー野辺山45m電波望遠鏡で解明する宇宙の秘密

劇場版・名探偵コナン「隻眼の残像(フラッシュバック)」のビジュアルが公開され、長野県南佐久郡南牧村の国立天文台「野辺山宇宙電波観測所」にある直径45mのパラボラアンテナ(野辺山45m電波望遠鏡)が舞台となることに注目が集まっています。

この記事では、1982年の開所以来、世界の電波天文学を率先してきた野辺山45m電波望遠鏡を用いた天文学研究の成果のほんの一部を紹介します。

野辺山45m電波望遠鏡
https://www.nao.ac.jp/research/telescope/45m.html

超巨大ブラックホールの存在を立証

2100万光年の距離にある渦巻銀河M106の中心部を観測すると、そこから22GHz(ギガヘルツ)の周波数で強い電波を観測することができます。
これは「水メーザー」と呼ばれる自然発生のマイクロ波レーザー光(MASER:Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation)で、水分子(H2O)が特定のエネルギー状態間を遷移する際に、他の同様の光子と共鳴しながら強く増幅された電波信号を放つ現象です。
レーザーが可視光を増幅するのに対し、メーザーは電波領域での同様のプロセスで起こります。

この水メーザーは、ガスが非常に高密度かつ高温な環境にあるときに発生しやすく、銀河核や星形成領域、そして中心ブラックホール周りの降着円盤など、宇宙の中でもエネルギーが集中した特異な場所でしばしば観測されます。

1992年12月から約半年間、野辺山45m電波望遠鏡を用いてM106中心の水メーザー放射を分光観測したところ、±1,000km/sという非常に高速で運動する成分が検出されました。
後の研究によって、これらの高速度水メーザーが、質量が太陽の約3,600万倍もある超巨大ブラックホールを取り巻くガス円盤の一部であることが明らかになりました。

このように水メーザー観測は、光学望遠鏡で直接見ることのできない超巨大ブラックホール近傍のガス運動を詳細に捉える「目」として、大きな役割を果たしています。

水メーザー放射の周波数シフトから測った、ガスの移動速度
1000km/sもの速度で移動していることがわかった

参考文献
第7回 宇宙メーザー -銀河核とブラックホール –
水メーザーによる銀河中心核のブラックホールの検出と距離の直接測定
Extremely-high-velocity H20 maser emission in the galaxy NGC4258

電波で描く天の川

夜空の暗い場所で見える「天の川」には、肉眼では見えない暗い帯状の領域があります。
これは、宇宙に漂う分子ガスや塵が星の光を遮っているためです。
この分子ガスは、自らの重力で収縮して星を生み出すことが知られています。

野辺山宇宙電波観測所での星景写真とFUGIN観測領域
天の川銀河の暗い帯状部分を狙っている
Credit: 岡部統一

2014年3月から2017年3月の3年間で1100時間にわたり、野辺山45m電波望遠鏡を用いて分子ガスが発するCO輝線を観測しました。
その結果、多くのフィラメント状のガスを発見し、「シート状の雲がフィラメントに分裂し、さらにフィラメントからガス塊が形成される」という星形成の仕組みの解明につながる成果を得ました。

FUGINプロジェクトで得られた電波強度マップ
赤:12CO、緑:13CO、青:C18Oの分子からの電波強度を示している。
この図から、天の川銀河全体という大きなスケールから個々の星の誕生に直結する分子雲コアなどの構造まで幅広い構造を調べることができる。

参考文献
FUGINプロジェクト:見えない天の川の大規模探査〜天の川の最も詳しい電波地図づくり〜

野良ブラックホール!?

野辺山45m電波望遠鏡の観測データをもとに、天の川銀河中心付近で特異な動きをする分子雲を発見しました。
その動きは、太陽の約3万倍の質量を持つブラックホールが漂っていると存在すると仮定すると説明できます。
太陽の数百倍から10万倍の質量を持つ「中間質量ブラックホール」が合体して、銀河中心の「超巨大ブラックホール」(太陽の数百万倍から100億倍)となると考えられるため、漂う中間質量ブラックホールの存在は、ブラックホール進化を解明する上でとても重要です。

ガス雲を振り回す中間質量ブラックホールの想像図

参考文献
ガス雲を振り回す野良ブラックホール-天の川銀河中心の近傍に潜む中間質量ブラックホールのより確かな証拠-

宇宙化学への挑戦

宇宙にはさまざまな種類の銀河があります。例えば、短期間で大量に大質量星を形成する爆発的星形成銀河(スターバースト銀河)や、中心核が強烈な電磁波を放射して明るく輝く活動銀河核を持つ銀河があります。
野辺山45m電波望遠鏡の分光観測によって、これらの異なる銀河を観測し、「分子カタログ」を作成することで、分子ガスの物理状態や化学組成を調べることができます。

例えば、シアンラジカル(CN)やシアン化水素(HCN)が、活動銀河核(AGN)を持つ銀河の中心部でスターバースト銀河よりも顕著に多く存在することが分かりました。
一方で、複雑な分子であるメチルアセチレン(CH₃CCH)は、スターバースト銀河のみに観測されました。
このように、天文学と化学を融合させることにより、銀河内で何が起きているのかを解明しています。

野辺山45m電波望遠鏡の観測で検出された23種類の分子の柱密度を3つの銀河で比較したグラフ
銀河核付近では複雑な分子が壊されてしまうために存在しにくい環境である一方、スターバースト銀河では星の生成に伴って化学反応が進行し、 より複雑な分子が生成され得ることを示唆しています

参考文献
銀河の「電波指紋認証」の試み〜銀河系近くにある3つの銀河における分子のカタログが完成!〜

生命の起源に迫る

生命誕生の謎を解明するため、アミノ酸が「宇宙」で見つかるかを探る試みが行われています。
野辺山45m電波望遠鏡は、天の川銀河の星間分子雲からメチルアミン(CH₃NH₂)を発見しました。
メチルアミンは、アミノ酸の一種であるグリシン(NH₂CH₂COOH)の前段階となる物質と考えられています。
この分子雲は「現在、星が生まれている場所」であり、星を作る過程でグリシンの前段階物質がすでに存在していることが確認されました。

検出されたメチルアミンの信号線
横軸は周波数。縦軸は温度を単位として表した受信電波の強度

参考文献
宇宙の生命素材物質の形成過程を解明:他の惑星系にも生命が存在する期待が高まる

あとがき

野辺山45m電波望遠鏡が受信する微弱な電波は、遠くの銀河やブラックホールから放たれ、数百万年、数億年という時間を経て地球に届きます。
この電波は、まるで「フラッシュバック」のように、過去の出来事が今蘇るかのように、私たちの元に情報を届けます。
天文学者はその情報を解読することで、宇宙の歴史や謎を明らかにしています。


余談

劇場版コナンの舞台ということで、野辺山45m電波望遠鏡が爆破されたり、スケボーの滑走路になるのではと心配されていますが、筆者は45m電波望遠鏡がコナンくんたちの命を銃撃等から救う役割を果たしてくれると信じています。

最後に、劇場版コナンの定番、阿笠博士のダジャレクイズの予想問題を出題して、本記事の締めくくりとします。

問題:「野辺山45m電波望遠鏡の褒め言葉は何?」

  1. チョベリグ(45→しご→死語だから)
  2. イケメン
  3. 天才
  4. 映える

周南公立大学情報科学部助教 / 天文学者
大阪府出身。東北大学理学部卒。総合研究大学院大学/国立天文台にて博士号(理学)取得。北京大学、大阪大学でのポスドク研究員を経て、現職。専門は電波天文学。
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