次世代電波望遠鏡SKAの挑戦:宇宙初期の星・磁場・重力波の謎

次世代の超大型電波望遠鏡 SKAは「平方キロメートル級」という名前の通り、東京ドーム約20個分もの広大な集光面積を持つ次世代の超大型電波望遠鏡プロジェクトです。オーストラリアと南アフリカに建設予定のこの施設は、宇宙最初の星の誕生から宇宙磁場の謎、さらには低周波重力波の検出まで、現代天文学の最重要課題に挑もうとしています。
この記事では、日本SKAコンソーシアムが取り組む3つの主要サイエンステーマをご紹介します。
現存の電波望遠鏡の10倍以上の感度を実現するSKAが、私たちの宇宙観をどのように変えていくのか。その期待される成果と可能性をお楽しみください。

次世代の超大型電波望遠鏡 SKA とは

SKA はどんな望遠鏡?

次世代の超大型電波望遠鏡プロジェクトとして注目を集めるSKA(Square Kilometre Array)。
50MHz-350MHzの周波数で観測を行うSKA-Lowがオーストラリアに建設予定で、350MHz-15GHzの周波数で観測を行うSKA-Midが南アフリカに建設予定です。

「平方キロメートル級」の集光面積

その名の通り「平方キロメートル級」(東京ドーム約20個分)の集光面積を持つSKAが本格的に稼働すれば、「宇宙最初の星・ファーストスター誕生の様子はどうだったのか?」「宇宙を支配するダークマターダークエネルギーの正体は?」「宇宙人は存在するのか?」などの質問に手がかりを与えると期待されています。

日本SKAコンソーシアムの取り組み

日本は現時点でSKA(Square Kilometre Array)計画に正式参加していませんが、日本SKAコンソーシアムを設立し、正式参加に向けた活動を継続しています。
このコンソーシアムは、「宇宙再電離」「銀河進化」「宇宙磁場」「宇宙論」「パルサー」「星間物質」「惑星」「星・惑星形成」「突発天体」「VLBI」など、多岐にわたるサブグループに分かれており、日本の研究者たちが各テーマで精力的に研究を行っています

2024年12月16日・17日に東京・三鷹の国立天文台にてSKA望遠鏡を用いたサイエンスについて議論する「SKA-JP サイエンスワークショップ」が開催されました。
日本SKAコンソーシアムでは「宇宙再電離」「宇宙磁場」「パルサーを用いた重力波検出」を3本柱としています。
それぞれの領域でどういう謎が存在し、SKAに期待される役割について簡単に紹介していきたいと思います。

宇宙暗黒時代から宇宙再電離期の解明

宇宙暗黒時代とは?

ビッグバン直後の宇宙は高温高密度でしたが、時間の経過とともに膨張・冷却し、およそ38万年後(宇宙年齢が約38万歳のころ)に電子と陽子が結合して中性水素が生まれ、宇宙は大量の中性水素ガスが存在するようになります。
しかし、その後に続く数億年もの間、星や銀河がまだ生まれておらず、宇宙は暗闇に包まれていました。この時期は「宇宙暗黒時代」と呼ばれます。

宇宙再電離が示す“宇宙の夜明け”

真っ暗な宇宙は宇宙最初の星(ファーストスター)の誕生によって光が灯ります。
これが「宇宙の夜明け」です。
さらに、宇宙の初期に存在した銀河から放射される強烈な紫外線が周囲の中性水素を電離していき宇宙空間は電離します。
この数億年にわたる過程を「宇宙再電離」と呼びます。

宇宙の歴史図(筆者作成スライド)

現在、JWSTなどの観測により、「宇宙再電離の歴史」についてはある程度分かってきました。
しかし、「1603年に江戸幕府が作られ、1868年に明治政府が作られた」という「歴史」を知っていても、「具体的にはどんな出来事があったんだ?」と気になります。

宇宙も同じです。
歴史だけではなく、詳細な出来事を知る必要があります。
残念ながらJWSTなどの観測だけでは、詳細な出来事を理解するのは困難です。

21cm線電波観測の重要性

そこで注目されているのが、宇宙にあまねく存在している中性水素ガスから発せられる21cm線電波です。

中性水素原子は、特有の電波として21cm線と呼ばれる電波を放出します。
宇宙が中性状態の場合は中性水素から21cm線電波が放射されますが、宇宙の電離が始まると電離した領域からは21cm線電波は放射されません。
すなわち、21cm線電波は宇宙暗黒時代では「スイッチがオン」で、宇宙再電離期には「スイッチがオフ」になる信号であり、宇宙暗黒時代から宇宙再電離期までの中性水素ガスを包括的に調べるのに適しているのです。

SKAでは、巨大な収集面積を活かした高感度の観測によって宇宙初期に広がる中性水素ガスの空間分布の時間発展を「4次元的」に「写真撮影」することを目指しています。
現在、MWAやLOFARといった電波望遠鏡が宇宙再電離期の21cm線観測を目指して稼働していますが、SKAはこれらの望遠鏡の10倍以上の感度を実現すると期待されています。
現在の望遠鏡の10倍以上の感度を持つSKAによる観測で、「最初の星や銀河がいつ、どのように生まれ、どんな速度で再電離を進めたのか」「銀河進化と宇宙再電離はどの様な関係があるのか?」などの疑問に答えられるようになると期待しています。

あらゆるスケールに存在する宇宙磁場

Credits: Optical image: Steve Mazlin and Vicent Peris, Calar Alto
Observatory; Radio data: Mulcahy et al. 2017, Jansky Very Large Array (VLA)

理科の授業で磁石の周りに砂鉄が分布するのを観察した経験は誰にでもあるのではないでしょうか?
地球も一つの大きな磁石となっているため磁場が存在しますし、また太陽にも磁場が存在します。
では、磁場は地球や太陽だけに存在するのでしょうか?

そんなことはありません。
銀河や銀河団といったより大きなスケールでも磁場が観測されており、磁場は宇宙の各所に存在する「普遍的」な現象となっています。
ただし、その起源や進化メカニズムは未だによくわかっていません。
どうやって初期宇宙で磁場が生成されたのか?宇宙初期に作られた磁場は銀河や銀河団スケールでどの様に成長したのか?など未解明の部分が多いのです。

偏波観測とファラデー回転

宇宙のあらゆるスケールに存在する磁場の性質を探るのにも電波を用いることができます。
少し話がずれますが、私達は太陽の強い日差しを和らげるためにサングラスをかけます。
サングラスは、特定の振動方向を持った電磁波しか通さないため、それ以外の方向に振動している電磁波をカットすることで日差しを和らげるのです。

この様に、電磁波が特定の方向に偏って振動しているものを「偏波」と言います。
偏波は、磁場の強度や方向に敏感に反応するので、宇宙に存在する磁場の性質を調べるのに用いることができます。
具体的には、パルサーやクエーサーなどの電波源のシグナルが銀河間や銀河団内部を通過する際、磁場の影響で「ファラデー回転」と呼ばれる現象を起こします。
これは簡単に言ってしまうと、偏波の傾きが回転する現象であり、この回転量を高精度で測定すれば、その経路に存在する磁場の性質やガス密度を推定できるのです。

名古屋大学 大前陸人氏スライドより

SKA による大規模磁場マッピング

SKAは高感度・高解像度の偏波観測を大規模に行う計画があり、数百万に及ぶ遠方電波源の偏波情報を一挙に集めようとしています。
そうして得られたデータベースを元に、銀河団や網目構造の磁場分布を“磁場の地図”として描き出すことが期待されます。
銀河衝突や銀河団の合体などのダイナミックな現象が磁場にどう影響を与えるのか、あるいは初期宇宙の種磁場(ごく弱い磁場)がどのように大規模に成長してきたのかを解き明かす手がかりになるでしょう。

高精度な宇宙の時計パルサーで迫る重力波

Credit: David Champion/Max Planck Institute for Radio Astronomy

パルサーは“宇宙の正確な時計”

パルサーは、大質量星が超新星爆発を起こした後に残される中性子星のうち、特に高速で自転しながら規則的な電波パルスを放つ天体です。
中性子星は超高密度な天体で、強力な重力と磁場を持った超高密度な天体です。

パルサーの最大の特徴は自転周期の正確さです。
自転周期が数ミリ秒~数秒程度という非常に高速回転するパルサーですが、その周期を測定すると誤差数マイクロ秒以内で正確に周期を保っていることが分かっています。

このパルサー観測が注目を集める大きな理由の一つが、重力波天文学との連携です。

低周波重力波の間接検出

地上のレーザー干渉計(LIGO、VIRGOなど)はブラックホールや中性子星が合体する際に放出される比較的高周波の重力波を捉えることに成功していますが、パルサーを利用すればはるかに長い周期(低周波)の重力波を捉えられる可能性があります。

例えば、銀河中心などに潜む超大質量ブラックホール同士が合体する際に放つ重力波は、低周波の重力波であると考えられています。
しかし、この様な低周波重力波は、周期が非常に長いため地上のレーザー干渉計を用いた直接検出が困難とされてきました。
そこで注目されるのが、正確に時を刻むパルサーです。
パルサーからの信号は正確な時を刻みながら私達に届きますが、信号が届く途中に重力波が通過すると、宇宙空間の長さがわずかに変化するため、パルサーからの信号が到達するのにも若干の変化が見られます。
パルサーは規則正しく信号を発信しているため、重力波の通過によってその規則正しさが乱されてしまいます。
信号到達の「ずれ」を観測することで重力波を間接的に検出するのを目指す方法は「パルサータイミングアレイ(PTA)」と呼ばれています。

パルサータイミングアレイ(PTA)への期待

PTAのためには、パルサーの到達時間を精密に測定し、統計的にわずかな変動を積み重ねることが必要ですが、SKAがもたらす圧倒的な感度向上は、これまで観測が難しかった遠くの弱いパルサーや、非常に高速で回転するミリ秒パルサーを大量に発見・追跡できることを意味します。
それにより、複数のパルサーを同時に監視し、到達時間のわずかな変化を調べることが可能となるため、低周波重力波の間接的な検出ができると期待されています。

SKAサイエンスブック

以上の3つが日本SKAコンソーシアムが特にプッシュしていくサイエンスですが、SKAは他にも面白い科学目標があるので、それらについてはまた改めて紹介したいと思います。

ところで、2014年、国際SKAグループはSKAでどの様な科学研究を行っていくかの目標をまとめた「サイエンスブック」を出版しました。
これは2巻からなる本ですが、何と全部で約2000ページもある大作です。興味のある方はこちらからダウンロードすることが可能です。

日本語版サイエンスブック

「英語で書かれているし、2000ページも読めないよ!」と思った読者の方に朗報です。
日本SKAコンソーシアムは日本語版の「サイエンスブック」を出版しており、こちらは日本語で書かれており、ページ数も約450ページ(?)しかありません。

新版(2024年改訂版)に向けて

さて、2024年には10年ぶりに国際SKAグループのサイエンスブックが改訂されることが決まりました。2025年の出版に向けて、各グループがサイエンスブックを鋭意執筆中です。
筆者も国際SKAグループの宇宙再電離チームでサイエンスブックの執筆を行う予定です。


参考文献

云南大学西南天文研究所副教授 / 天文学者
沖縄県出身。東北大学理学部卒。名古屋大学にて博士号(理学)取得。パリ天文台、清華大学でのポスドク研究員を経て、現在、云南大学西南天文研究所にて副教授。専門は観測的宇宙論。
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