シリーズSKA 「世界最速」の電波望遠鏡-ASKAP-

世界最大の電波望遠鏡計画SKAには、precursor(先駆者)とよばれる先行試験機が存在しています。そんな先駆者たちの数は4つ、今回からの4編はそんなSKA-precursorの紹介をさせていただきます。第一回はASKAP(Australian SKA Pathfinder Telescope)。最新技術を駆使して、極めて速いサーベイスピードを目指します。

ASKAP-アスカップ-とは

ASKAPは36台のアンテナからなる電波干渉計(複数台のアンテナを並べて、仮想的にひとつの大きな電波望遠鏡をつくる)です。
それぞれのアンテナは直径12mで、最大基線長は6kmです(最大基線長はアンテナ間の距離の内、最も長いものを指す)。
最大基線長が6kmの電波干渉計は、直径6㎞の巨大なパラボラと同程度の視力(分解能)を持つことになります。
各アンテナにはPAF(フェーズドアレイフィード)が設置されており、36本の二重偏波ビームを形成できます(PAFについては後述)。

観測可能な周波数は、700~1800MHzです。

ASKAPはオーストラリア西部のマーチンソン天文台に設置されています。SKA-Lowのすぐそばです。

この地域は、電波観測に非常に優れた環境で知られています。雲量の平均的な少なさ、電離層と対流圏の安定性、人工電波の少なさ。
このような理想的な環境によって、ASKAPのような高感度の先端的な観測装置が新しい天文の世界を開くことができるのです。

 マーチンソン電波天文台
砂漠の真ん中に位置している。電波天文観測に最高の環境である(skao.int)

PAF(フェーズドアレイフィード)の利点

特筆すべきは、このPAFです。PAFとは、多数の非常に小さな受信用アンテナで受信された信号を制御しアンテナが見る方向を選択するというものです。従来型のアンテナでは、機械的にアンテナの向きを変化させ、アンテナが受信できる範囲(ビーム)の方向を変化させていましたが、このPAFを用いて電気的に制御することで短時間でビーム方向を変えることができるようになりました。

写真中の八角形のプレートがフェーズドアレイレーダー。
イージス艦などのレーダーにも応用されている技術です。
https://missilethreat.csis.org/

また、制御方法を変えることで、複数方向へのビームを同時に多数形成することもできます。この機能は電波天文観測に非常に有用で、同時に広い観測領域を複数のビームで観測することができます。複数のビームで同時観測できることは、同時に同じ望遠鏡で複数の場所を観測できることを意味します。

 これまでの一般的な電波観測では、天球面上のある一点のみしか観測できませんでした。そのため、サーベイやマッピングと呼ばれる広い領域の観測を行うには膨大な時間と労力が費やされてきました。加えて、観測時間にズレが生じることで、観測データにムラが発生することもありました(大気状況の変化によるもの)。電波天文観測に大きなブレイクスルーをもたらします。加えて、位置天文観測にとっても重要な技術です。位置基準天体とターゲット天体を同時に観測することで、大気の揺らぎを補償したり、大気の厚さのばらつきによって生じる天体位置誤差を調整することも可能になります。こうした現状を打破することができるのが、PAFなのです。

6×6マルチビームでFRB(高速電波バースト)を観測するASKAP(想像図)
Credit: OzGrav, Swinburne University of Technology

ASKAP始動

ここまでは、ASKAPの技術的側面に注目して紹介してきました。ここからは、ASKAPの目指すサイエンスについて紹介します。強力なサーベイ能力を活用して科学研究がすすめられます。

ASKAPが目指すサイエンスは、以下の通りです。

  1. 銀河進化
    6000万個の銀河からのシンクロトロン放射を観測し、銀河の形成、進化、その数を測定し、宇宙論的な検証を可能にします。

  2. 磁場進化
    50万個以上の銀河から偏光放射を検出し、天体の磁場進化を探ります。

  3. 天の川銀河
    我々が住む、天の川銀河の星間物質の進化と、その化学的・物理的進化を促進するプロセスの理解を目指す。

  4. 突発天体現象
    ガンマ線バースト、電波超新星などのトランジット天体の検出と観察を通して、比較的短いタイムスケールで変化していく天体の特徴を見出します。

  5. パルサー
    重力波の直接検出をめざし、最大1000個の電波パルサーの発見とパルス周期の測定を目指す。

36台のアンテナからなるASKAPですが、それぞれのアンテナにPAFが搭載されており、各パラボラアンテナのフィードには、188個のアンテナ素子がチェスのボードのように配置されています。
ASKAPのために開発された特別なデジタルシステムを使用し、前述のように同時に36本のビームを作り出します。
そして、上空約30平方度の視野で観測を行います。

この視野、どれだけ広いのかというと、ざっくり満月の100倍です。満月の夜空を見上げた時の月の存在感を想像してみてください。
どれだけ広範囲を一度に観測できるかわかるはずです。

この、広範囲を一度に観測することができる技術で、ASKAPは世界最速のサーベイスピードを持った電波望遠鏡になりました。

ASKAPに搭載されているPAF
チェスのボードのような見た目をしていることがわかる(skao.int)

ASKAPの目指すサイエンス FLASH

ASKAPは運用開始からの5年間、その運用時間の75%を大規模サーベイプロジェクトに充てています。
天文学者たちはASKAPの高速サーベイ能力を活かした特徴的なプロジェクトを考案しています。
ここでは、FLASH(The First Large Absorption Survey in HI)をピックアップして紹介します。

FLASHは、広域サーベイ計画の一つで、背景となる連続波電波源に対して現れる中性水素(HI)の吸収線を観測するものです。
FLASHの観測は、ASKAPの最も低い周波数帯(711.5-999.5MHz)を使って行われ、HIの存在量に関する情報の少ない約45億年前~80億年前のHIに関する情報を提供します。
科学的な目標は、銀河中の冷たいHIガスが宇宙初期からどのように進化してきたかを明らかにすることと、超大質量ブラックホールとそのブラックホールを持つ銀河がどのようなメカニズムでお互いに進化してきたかを明らかにすることです。
そのほかにも、OH吸収線などの観測も行われます。

FLASHのほかにも、GASKAP、DINGOなど、魅力的な計画が沢山あります。ぜひ調べてみてください。

(余談ですが、著者はFLASHのPI(責任者)であるElaine Sadler氏のお話を聞いたことがあります。そこで初めてASKAPの存在を知りました。FLASHを選択したのはそういうわけです。)

ASKAPの今後

現在ASKAPは、SKA1の開発計画から除外されています。
当初計画にあったSKA-Surveyと呼ばれる構想が計画から削除されたためです。
しかし、PAFの技術はSKA2以降での導入が計画されています。
カナダ、イタリア、イギリス、オーストラリア、オランダが中心となって技術開発が進んでいます。

今後に注目です。

参考文献

https://www.csiro.au/
https://www.skao.int/
SKA-Japam エンジニアリングレポート2017
Allison et al. 2021 Publications of the Astronomical Society of Australia (PASA)doi: 10.1017/pas.2021.xxx.
Johnston et al. 2007 Publications of the Astronomical Society of Australia, 2007, 24, 174–188

豊田工業高等専門学校電気・電子システム工学科2年/N•S高等学校研究部広域科学グループ
北海道出身。2021年豊田高専入学。一年のスイス留学ののち、現2年(2024年3月)。2023年KdEi研学外部員。アマチュア無線技術を応用した低周波電波天文学に取り組んでいる。装置開発(電波)
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