一般相対性理論によれば、「真空中の光速度」は、単に速いというだけでなく、どの速度で移動している観測者にとっても変わらないという性質があります。これは「ローレンツ不変性」と呼ばれる、現代物理学の屋台骨の1つです。
しかし、一般相対性理論と量子力学を統合した「量子重力理論」の構築においては、ローレンツ不変性が破れる (成立しない) 可能性が指摘されています。もしローレンツ不変性が破れる場合、真空中を進む光は、波長 (エネルギー) によってわずかに速度が異なるため、波長ごとに同じ距離を進む時間が変わるはずです。
γ線バーストなどの高エネルギーな天文現象を観測する「LHAASO (大型高高度空気シャワー観測所)」を利用した観測と研究を行っている国際研究チームは、2022年に観測された観測史上最も明るいγ線バースト「GRB 221009A」から届いたγ線の分析結果を、2024年8月に出版された論文にて公表しました。結論としては、GRB 221009Aからの光に、波長ごとの到達時間のズレは見つかりませんでした。これによりローレンツ不変性の破れは、少なくともこれまでの5~7倍も高エネルギーでないと起こらないことが明らかにされました。
真空中の光速度はいかなる観測者でも変わらない (はず)
真空中の光速度は、単に最速のモノというわけではなく、時空の本質的な性質であると認識されています。
大雑把に言えば、真空中の光速度は秒針やものさしのように時空を測るための尺度であり、 (情報伝達を伴う形では) 何物も真空中を光速度を越えて移動することができない制限速度である、という特別な性質を持つ理由でもあります。
真空中の光速度が尺度の性質を持つことから、日常生活の上では直感に反する性質が現れます。
例えば100km/hで移動する車を止まった状態で見るのと、100km/hの車で並走しながら見るのとでは、その車の速度は100km/hにも0km/hにも見えるでしょう。
ところが真空中の光速度の場合、止まっていようと走っていようと、光の速さの99.99%で移動していても、その光は相変わらず真空中の光速度で移動するように見えます。
観測者の速度に関係なく光速度は光速度であるという性質は「光速度の不変性」と呼ばれており、この原理に基づき (ローレンツ変換と呼ばれる数学的手法で) 時空を記述することを「ローレンツ不変性」と呼びます。

ところで、先ほどからしつこいくらいに “真空中” の光速度と呼んでいますが、これは真空以外の場においては、光の速さは変化しうることと関連しています。
例えば、真空中の光速度と比較して、空気中では99.97%、水中では75%、ダイヤモンドでは41%まで速度が低下します。
しかも、これはある波長 (黄色の光) においての値であり、光の波長が異なると速度の低下率も変化します。
その結果、水やガラスなどを通った光は波長ごとに異なる経路を辿るように分散され、虹色が発生します。
真空以外では光の速度が低下するだけでなく、波長ごとに性質も変化するため、但し書きとしての “真空中” が必要になるのです。
裏を返せば、真空中においては光の速さは波長の影響を受けないことになります。
色によって波長が異なる可視光線を始めとして、波長の長い電波から波長の短いγ線に至るまで、その速度は299792458m/sで固定されているはずです。
真空中の光速度は波長の影響を受けないというローレンツ不変性は、数多くの実験や観測においても成立しているように見えます。
量子重力理論によってはローレンツ不変性は破れるかも?

ただし、一般相対性理論では屋台骨であるローレンツ不変性ですが、拡張理論においてはそうではないかもしれません。
今のところ、一般相対性理論と量子力学は、お互いにもう片方の領域をうまく記述することができないため、多くの物理学者は両者を統合した「量子重力理論」の構築を試みています。
量子重力理論という用語は、特定の1つの理論の名称というよりは、一般相対性理論と量子力学に代わると推定される様々な候補の仮説に当てられる名称であり、どの仮説が正しいのか、そもそも完成しうる理論なのか、どの物理学者もまだ答えにたどり着いていません。
提唱されている量子重力理論の仮説のいくつかは、ローレンツ不変性は成立しないと予言します。
つまり、いくつかの量子重力理論においては、観測者によって真空中の光速度は変化するものであると仮定しています。
もしローレンツ不変性が破れている場合、光の波長ごとの速度は、たとえ真空中であっても変化することになります。
つまり、同時に放出された光であっても、その波長ごとに同じ距離を異なる時間で進むことになります。
ただし、これまでの数々の実験や観測で、ローレンツ不変性はかなり強固に保たれていることが分かっています。
仮にローレンツ不変性が破れているとした場合、それはかなり高いエネルギーを持つ光であるγ線でないと観測ができないでしょう。
ローレンツ不変性が破れる可能性のあるほど高いエネルギーのγ線を、しかも複数の波長で到達時間の差を取るというのは、地球の実験室ではできない実験となります。
ただし、自然界が実験室を提供してくれます。
非常に重い恒星が、その寿命の最期に大量のγ線を放ちながら消滅する「γ線バースト」は、数十億光年という非常に遠方で発生する天文現象です。
γ線バーストで放たれる光は十分に高エネルギーであり、かつ複数の波長に分かれています。
そして、もしもローレンツ不変性が破れている場合、数十億光年という距離により、光の到達時間の差が測れるはずです。
最も明るいγ線バースト「GRB 221009A」でローレンツ不変性を検証
中華人民共和国の稲城 (四川省、甘孜県) に設置された「LHAASO」は、高エネルギーな天文現象を観測する装置です。
γ線や宇宙線のような高エネルギーな粒子と地球大気が反応して生じる空気シャワーを捉えることで、間接的に宇宙で発生した天文現象を観測します。
観測装置は標高4000m以上に設置されており、地上よりも大気が薄い分だけ観測感度が向上します。
LHAASOの観測データを分析・研究を行っている国際研究チームLHAASOコラボレーションは、2022年に観測されたγ線バースト「GRB 221009A」の観測データを分析しました。
GRB 221009Aは観測史上最も明るいγ線バーストであり、地球に対する距離の近さや向きが理由であると考えられています。
今回の研究では、GRB 221009Aから放たれたγ線を波長ごとに分析し、到達時間に差がないかどうかを調べました。
もっとも、γ線バーストのγ線を観測し、ローレンツ不変性が破れていないかどうかを検証するのは今回が初めてではありません。
むしろ、GRB 221009Aと地球との距離は24億光年と、他のγ線バーストと比べて近い位置にあるため、光の到達時間の差が小さくなってしまいます。
一見すると、ローレンツ不変性の破れの検証には向いていないようにも見えますが、それでもGRB 221009Aが分析対象となったのは、高強度のγ線が多数捉えられたためです。
200GeVから7TeV (2000億電子ボルトから7兆電子ボルト) のエネルギーを持つ光子が6万4000個も検出されたのは異例であり、この多数のデータのおかげで、これまでの同様の研究と比べ、観測値の不確かさが小さくなります。

今回の観測データの分析では、残念ながらローレンツ不変性が破れている証拠を見つけることはできませんでした。
今回の研究結果から、仮にローレンツ不変性が破れるとすれば、それは690EeV (6垓9000京電子ボルト) か100ReV (10穣電子ボルト) のどちらかであると考えられます。
大きく異なる2つの値に分かれるのは、計算の仕方によって2通りの解釈があるためです。それぞれの推定値は、これまでの研究より5倍から7倍も改善された下限値です。
今回の研究では、十分な分析を行うために、γ線バーストのピーク時ではなく、ピークを過ぎた後の残光を分析しています。
研究チームは、もしγ線バーストのピークである、今回よりも高エネルギーなγ線を分析できれば、ローレンツ不変性が破れるか否かについて、さらに深く分析できると予測しています。
参考文献
- The LHAASO Collaboration. “Stringent Tests of Lorentz Invariance Violation from LHAASO Observations of GRB 221009A”. Physical Review Letters, 2024; 133 (7) 071501. DOI: 10.1103/PhysRevLett.133.071501; arXiv: 2402.06009v2
- Marric Stephens. (Aug 15, 2024) “Gamma-Ray Burst Tightens Constraints on Quantum Gravity”. Physics.
- David Appell. (Aug 30, 2024) “Using a gamma ray burst to search for violations of Einstein’s relativity postulates”. Phys.org.